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葭島神社(よしじまじんじゃ)

外観
外観

住所 石川県小松市大川町2丁目120
電話 0761-24-0292
FAX番号 0761-24-0292
URL http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/shrine/j0547/

前田家ゆかりの神社。
知られざる宝物も!?

 日本海に注ぐ梯川(かけはしがわ)。この川を挟み、小松天満宮とほぼ向かいの位置に「葭島神社」は鎮座している。
 その歴史は深く、前田家にゆかりのある神社である。
 現在の宮司さんのご先祖は、もとは能登の石動山天平寺の僧・高倉坊行蔵院空清(たかくらぼうぎょうぞういんくうせい)で、縁あって加賀藩前田家から金沢の犀川のほとりに土地を与えられて住んでいた。その頃に前田利常公に非常に気に入られたそうだ。その裏付けもきちんとあるとのこと。
 そして、寛永16年(1639年)利常公が小松城に隠居する際、金沢から小松へ招かれ、現在とは違った場所だが、梯川のそばに土地を与えられ諸社堂を造営し「五穀寺」と称した。しかし、洪水が起こった時に流され大破してしまったので、正保元年(1644年)、現在の場所に新たに社が建立された。その際に小松城の守護神として葭島に鎮座していた「稲荷大明神」を合祀し、「稲荷社」と称された。
 「葭島」というのは小松城内の島の名だ。別名「浮島」とも呼ばれた小松城のお堀の中には8つの島があり、そのうちの一つが「葭島」と呼ばれていた。
 以来、国家安泰、五穀豊穣、殖産興業の守護神として広く崇敬されてきた。その後、明治14年(1881年)に「葭島神社」と改名された。

 そんな、前田家をはじめ多くの人々に大切にされてきた葭島神社には、本殿をはじめ歴史的価値のある宝物が多くある。県指定文化財の本殿は、江戸時代後半の建造と推定され、風化を防ぐため屋根からまるごと新しい本殿の中に納まっている。欄間や各所の彫刻も見事で、近くで見るほどにその技術に感動せざるを得なくなる。
 拝殿は文化財には指定されていないが、一説によると名工・山上善右衛門(やまがみぜんえもん)一門の建造だともいわれる。天井の一部には小松城書院で使用されていたという、花々が美しく描かれている格天井が使用されていて、見ごたえがある。
 社宝は、前田家寄進のものが多く、五穀寺関係のものなど貴重な物もある。また、鎌倉時代の仏像や、神社総代表のご先祖が奉納した忠臣蔵の四十七士を描いた絵馬など、多々ある。平安~鎌倉時代の山岳信仰の頃の珍しい物も多く残っている。
 それらの社宝を一般公開したのは平成6年、鎮座350周年祭の時。地元の人をはじめ歴史家や研究者など多くの人が訪れた。また江戸時代の記録によると、ご開帳の際には交通整理をするほどの賑わいぶりだったそうだ。

 歴史が深く、宝物も豊富にあるだけに、ミステリアスな部分はまだまだある。
 最近解読されたばかりの石碑は、100年以上前の「句会の記念碑」だそうで、葭島神社界隈には句人のグル-プがあり100人近い文化人が住んでいたなど、文化ゾーンとしての歴史がわかったのだとか。このような地域は珍しく、またこのことから、松尾芭蕉がここに立ち寄っていたかもしれず、当時の人々は芭蕉に影響を受けて文化活動が活発になったのかもしれない、という説も出てきている。
 また、未解読の文書などもあり、これからどのような事がわかっていくのかは全くの未知数だとか。なんだか神秘的でわくわくしてくる。
 葭島神社を訪れる時には、少しだけ見方を変えると、もしかしたら歴史をゆるがす新たな発見に出会えるかもしれない。

拝殿
拝殿

石川県指定文化財 本殿
石川県指定文化財 本殿

拝殿 格天井
拝殿 格天井

文化文政期頃の絵「鬼退治の図」
文化文政期頃の絵「鬼退治の図」

忠臣蔵 四十七士の奉額絵馬
忠臣蔵 四十七士の奉額絵馬

句会の記念碑 明治35年建立
句会の記念碑 明治35年建立

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